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友禅工房を訪ねて

第1回 挿し友禅職人
挿友禅の工程は、友禅染のなかでももっとも華やかな工程です。糸目糊で防染した内側の部分を彩色していく工程ですが、同じ模様や図柄でも配色によってまったく違った印象の着物に仕上がりますので、それだけに友禅職人の色彩感覚が仕上がりに大きく影響します。

色挿しは、基本的には薄い色から濃い色へと進みます。今日使われる染料は、ほとんどすべてが合成染料ですが、その染料をそれぞれの職人の経験と感で適当に調合して、最も最適な色を作り出していきます。これ自体が実に神経のいる仕事です。

絵を描くというよりは、塗り絵をしていく感覚に近いのですが、だれでもすぐにできるというような技術ではなく、長年の修行によってはじめて身に付いていく伝統の技です。 しかもそれは、均一の技術というわけではなく、それぞれ個々の職人しか出せない個性的な配色があります。

そんななかで、今回は30年以上、この友禅の仕事に携わってきているベテラン友禅職人の加藤さんのところにおじゃましました。松屋町通丸太町上ル、細い通りに面して加藤さんの工房はあります。まだ京都らしい町屋の残るこの界隈、加藤さんの工房も決してきれいというわけではありませんが、生活に密着したなかから伝統がはぐくまれてきたありのままの京都のスタイルがここにあります。

格子戸をくぐり、玄関脇の部屋を通り抜けて、うすぐらく急な階段をあがると、そこが工房です。畳8丈くらいの決して広いとはいえない場所に、友禅机が2つ向き合うように並んでいます。その友禅机の真ん中には四角い穴があいていて、その下にはガスコンロがおいてあります。

どうしてガスコンロがと思うでしょうが、コンロからの熱が染色には重要な意味を持っているのです。生地に塗られた染料液の乾燥を早めることで、にじみを防ぐということと、熱によって生地の裏までしっかりと染料液に浸透させるという、2つの大きな役割があります。 ガスのかわりに電熱コンロを使ったりする人もいるようですが、「電熱では温度調節がせいぜい2段階くらいしかできず、微妙な火加減ができない」と加藤さんはおっしゃいます。温度が高すぎても、低すぎてもだめで、その火加減はなかなか微妙だそうです。

ガスや電気の普及していない時代は、火鉢に炭を入れて使っていたといいます。この作業は、冬はともかく、夏には、かなりこたえるそうです。なにしろ、目の前にコンロを置いての仕事は、ただでさえ暑く「蒸し風呂」とまで言われる京都の夏のこと、その疲労度は並大抵のものではないようです。かと言って、急激な温度変化や湿度変化を嫌うこの仕事において、安易にエアコンをいれるわけにもいかず、実際昔ながらの作りの加藤さんの仕事場にはエアコンはありません。

色を生地に染めていくのは、刷毛(はけ)と筆を使います。広い部分は刷毛、細かい部分は筆を主に使います。刷毛使いにおいては、染料を生地の中に浸透させるように使いながら、染めむらや染め残しなどのないように均一に挿すということが大切なポイントです。


友禅染めのもっとも特徴的な技法に、「ぼかし染め」というのがあります。色のグラデーション表現のことですが、やわらかな美しさや立体感を出す働きがあります。草花調、加賀友禅調、琳派調、雲取り、かすみ、もやなどの技法があります。ぼかし染めには、毛先が斜めにカットされた片羽刷毛を使います。毛先の長い方に染料をつけて、スゥーッと引くとぼかし模様ができます。見ていると簡単なように思えるのですが、かなりの熟練を要する技術だそうです。

今この工房では、加藤さんと奥さんが仕事をするだけになっていますが、以前は多いときで7人のお弟子さんがいたといいます。今から30年ちかく前、昭和40年代のころまでは、京友禅にとってはこの世の春といえるような時期がありました。 ところが、時を経て、現在では京友禅全体の生産数でいえば当時の約10分の1、10年前と比較しても約3分の1といいますから、まさに様変わりです。業界全体が今、たいへんな苦難の状況になっていますが、なんといってもキモノづくりの一番の川上である職人さんたちの状況は深刻です。やむなく廃業して、他の職に付かざるを得ない職人さんたちも、決して少なくありません。加藤さんの知り合いのなかにも、そうしてやむにやまれず、やめていった人が大勢いるといいます。そんななかで、決して楽な生活とは言えないながらも、伝統の技をかたくなに守りつづけている加藤さんのような熟練の職人さんの存在はとても貴重です。

 

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